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今回は「卒業記念特集」の中から、野球部の印出太一選手を取り上げます!

昨年秋、9年ぶりの春秋連覇を達成した早大野球部の中心に、印出太一(スポ=愛知・中京大中京)はいた。第114代主将として歴史の重みを背負いながら、チームの要である4番と捕手まで堂々と務め上げた。プレッシャーをものともせずチームに結果をもたらしたその姿は、まさに主将そのもの。ラストイヤーに快挙を達成した印出の大学4年間を振り返る。
印出が早大を志すことになったのは、高校時代に明治神宮大会(神宮大会)に出場した時のことだった。新主将として日本一に輝くと、早大・小宮山悟監督(平2教卒=千葉・芝浦工大柏)と稲門俱楽部(早大野球部OB会)会長(当時)で同校OBの望月博氏(昭47社卒)に声をかけられる。熱烈な勧誘を受けた印出は、「早稲田で4年間、小宮山監督の下で戦いたい」と入学を決意した。
印出の大学野球は、驚きと共に幕を開ける。「これが六大学で100年近くやってきた大学の姿なんだな」。殺気立ったグラウンドの雰囲気や、一球にこだわる部員の姿は圧倒的だった。当時の正捕手は岩本久重(令4スポ卒=現Honda)。まずは下積みの期間が続いたが、小宮山監督には考えがあった。「1年間、岩本から学んで修業して、2年から六大学を代表するような選手になれるように」。その期待通り、印出は2年春からスタメンに抜てきされると、いきなり見事な打棒を発揮。3年になると「4番・捕手」に定着し、攻守に欠かせない存在となった。
しかし、「あと1勝、あと1球」で優勝を逃し続け、捕手として「何か変えないといけない」と苦悩して迎えた最終学年。スカウト時から「キャプテンを任せられるだけの選手になってほしい」と言われていた印出は、ついに主将に指名される。小宮山監督は、新チームが立ち上がるとすぐに言葉をかけた。「優勝する資格のあるチームになれ」。それからというもの、印出はこの言葉を追い続けた。自分が練習や私生活の態度を一番に正し、チームでは全力疾走や掛け声へのアンサーにこだわる。初歩的なことから組織力を高めるべく、練習に取り組んだ。
そうして始まったラストイヤーは、まさに早大の快進撃だった。春には自身初のリーグ優勝を完全優勝で成し遂げると、全日本大学選手権では2位。秋には優勝決定戦までもつれた激闘を制し、春秋連覇を達成した。惜しくも敗れた神宮大会後、小宮山監督は印出を呼び出しこう伝えた。「これを超えるほど素晴らしいチームは今までつくれたことがない」。印出がつくり上げてきたチームは、間違いなく「優勝する資格のあるチーム」であった。
印出のキャプテンシ―は大きな魅力だ。ドラフト会議では指名漏れとなりプロ野球の世界には届かなかったが、「それが現在地」と前を向いた。卒業後は社会人野球の強豪・三菱重工Eastに加入しリベンジを目指す。うれしい思いも苦しい思いもしてきた大学4年間を終え、今後についてこう語った。「新しいステージでもチームのことを任せていただけるだけの存在になれるように、しっかりと鍛え直したいと思います」。どこまでも印出らしい言葉だ。「主将・印出」は、どんな場所でも光り輝くに違いない。
◆印出太一(いんで・たいち)2002(平14)年5月15日生まれ。185センチ、92キロ。愛知・中京大中京高出身。スポーツ科学部。小学3年から始めた捕手は、「一番楽しいポジション」だそう。社会人でもチームの中心となる活躍に期待です!
(記事 西村侑也)
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